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土葬ができるのは、法律で許可されている墓地

以前は、遺体を荼毘に付さないで、葬儀が終わるとそのまま墓地に向かい、遺体を棺ごと埋葬するのが習わしでした。今日でも土葬にすることがありますが、規制があって、だれもがどこでもできるというものではありません。土葬にできるのは、法律で許可されている墓地に限られていて、土地面積の狭いわが国では、その数は年ごとに少なくなってきています。キリスト教はずっと土葬で行われてきましたが、現在ではそれもなかなか困難になり、やはり火葬にすることが多くなってきました。そして、葬儀が終了すると、「精進落とし」の宴席を設けます。これは、魚や肉など生臭いものを断って精進していた期間は終わったという意味と、葬儀で世話になった人たちの労をねぎらうという、。両方の意味があります。もてなしの料理は、仕出しを頼んだり、持ち帰りができる折り詰めを用意することもあります。この席で喪主は、葬儀が無事に終わったことへのお礼を述べ、酒や料理をふるまいます。遺族も末席につき、接待役をつとめますが、忙しい人もいますから、早めにお開きにします。

長寿の者がわざわざ葬式を催している理由

幸と不幸がうらはらにセットされているのは何故であろうか。つまり長寿の者がわざわざ葬式を催している理由である。大宜味村喜如嘉では、カジマヤーを祝う老人は新しく生まれかわるという意味から、木製の小さな四輪車にのせてお墓へわざわざ連れていったという。この説明に一つの鍵がある。すなわちこれまでの人生は終わり、このあとはすんなりと墓に入れる、という意味だといわれている。そしてふたたび生まれかわったものとして墓から連れ戻して家へ帰ってくるのである。カジマヤーを迎えた者の一行が墓から帰ってくるときの行列を見ると不運にみまわれるといい、タブー視されている。だから村人はその行列を見ようとはしなかった。近年のように盛大なパレードが表面化する以前の意識といえる。カジマヤーを迎えて生まれかわった老人に対して、長寿になった分だけほかの者が寿命をちぢめさせられているからだという。

あなたができる範囲のことをしてあげる

定年後、もし退屈しているようでしたら、ときどき顔を見せてあげるのもいいですが、相手が望まないのに、会社の話をあれこれするのはやめましょう。とり残されたような、寂しさを味わわせてしまうかもしれません。恩師、就職の世話をしてくれた人などプライベートな知人の定年退職には、有志と一緒に祝賀会を開いてお祝いしてあげましょう。このとき、会費は記念品代を含めて1万円ぐらいの予算で。父親の定年退職には、「長い間、お疲れさまでした」というねぎらいの言葉が第一です。そして、家族でお金を出し合って、温泉旅行をプレゼントするなど、感謝を形にしてあげること。このようなプレゼントには、相場はありません。あなたができる範囲のことをしてあげるのが一番。